Shibuya 1000_008 「シブヤ上下合戦」
2016年3月18日(金)19:00~
@イベント&コミュニティスペース dots.
01「渋谷ギャルカルチャーのこれから」
浜田 ブリトニー(タレント、漫画家)、MC:田村 圭介(昭和女子大学准教授)
プロフィール
浜田 ブリトニー(はまだ ぶりとにー)タレント、漫画家
千葉県生まれ。永遠のハタチ♡ 2006年、小学館『スピリッツ』増刊号掲載「ハイパー探偵リンカ」で漫画家デビュー。その後、小学館『週刊ビックコミックスピリッツ』誌上で実体験を基にしたギャグ漫画「パギャル!」を連載。漫画家としての活動だけではなく、タレントとして多くのバラエティ番組、雑誌に出演。現在は(株)PIECE EIGHTを立ち上げ、漫画家として業界初となる自著の漫画のテーマ曲を自ら作り、歌い、踊る社長・漫画家・タレント活動を展開中。
浜田:みなさん、こんにちは。浜田ブリトニーです。昔は"ホームレスギャル漫画家"で有名になったのですが、今は家もしっかりありますので、みなさんご安心ください。
私は自称ハタチなのですが、渋谷に居始めてからもう両手の指では足りないくらい渋谷で生活をしています。昔のギャルも知っていますし、今のギャルも、ギャルと呼ばれる人たちも知っています。大分長い間ギャルの研究をしてきたので、"ギャル研究家"と言われても過言ではないと自分では思っています。みなさん今日は楽しみにしていてください。よろしくお願いします。(拍手)
田村:昭和女子大学の田村です。今日のレクチャーについて浜田さんと事前に打ち合わせしたのですが、「ピンで話すのはヤダ。掛け合いだったら話してもいいよ。」と言われまして、浜田さんの講演を提案した責任を取って、相手をさせていただきたいと思います。ちょっと座らせていただきます。
◆「渋谷ギャル」の変遷〜ガングロ・ヤマンバ、、、〜
最初に浜田さんと打ち合わせしまして、結構世代の上の人にとっては、「あれ?俺が若いときからギャルっていたよ。」と言われる人がたまにいるんですね。その「渋谷ギャル」と言ったとき、それはカッコつきの固有名詞になると思うのですが、それをちょっと説明したほうがいいんじゃないかということになりました。「じゃあプロの浜田さんお願いします。」と言いたかったのですが、「いや、それ田村さんやって。」ということで、ちょっとインターネットで色々集めてきたので、簡単に「渋谷ギャル」ってこういうものだよというのを説明させていただきたいと思います。
今日は渋谷の「上下」ということで、上下も色々考え方があると思いますが、「文化の上下」ということで、ハイカルチャー、ローカルチャーではなく"サブカルチャー"についてお話したいと思います。
サブカルチャー、渋谷のサブカルチャーと言えば、このセンター街になるわけですね。ちょうど20年前、たぶんみなさんも私と同じだと思いますが、衝撃的なことが起きまして、突然このような少女たちが渋谷を徘徊しているのを見掛けるようになりました。おわかりになると思いますが、髪を脱色して、唇が白くて、目が白くて、ちょっと私的にはちょっと何なのかよくわからなかったんですよね。ちょっと面白いグラフがあります。
これは、國學院大學の倉石研究室にいた吉江さんという人が作ったグラフなのですが、ヤマンバがどれくらい出現したかというグラフと思いきや、これは雑誌にどれくらい取り上げられたかというグラフなんですね。ちょうど面白いのが"ヤマンバ"の前に"ガングロ"というのがありまして、"ガングロ"は"顔(ガン)"に"黒(クロ)"でいいですか?
浜田:"ガングロ"は"顔"に"黒"です。
田村:ですよね。まずガングロという、コギャルとか何とかソックス……。
浜田:ルーズソックス!
田村:そうそう、ルーズソックスが流行った頃がありました。この頃はちょうど黒い少女たちがいまして、この頃に"ヤマンバ"というさっきの格好をした人たちが出現します。"ヤマンバ"は、1995年くらいから出てきまして、ちょうどこの世紀末と言われていた2000年くらいをピークに、だんだん少なくなっていくというのが、"ヤマンバ"たちの出現というか生態です。
彼女ら、顔だけじゃなく、ファッションも独特で基本的に色がどピンクなんですね。さらには、これが進化していくと"着ぐるみ"を着てまちを徘徊する少女たちが出現します。たまに走っているんですよ、着ぐるみを着た少女たちが。何とも異様な光景だったと思います。
ギャル文化の変遷みたいなものがあるのですが、ギャルたちは安室奈美恵さんとか浜崎あゆみさん、こういうカリスマリーダー的な人がいまして、文献によると、この人たちに憧れたファッションをしていたというのです。私的に言うと、どうしてもこの"ヤマンバ"というのが強烈で、安室奈美恵とヤマンバはちょっと通じないところがあるのですが、たぶん通じるんですよね。それは後でお願いいたします。
ギャルと言ってもいろんな種類がありまして、これはたぶん今現在も通じるギャル的な人だと思います。これはマークシティの長いエスカレーターのところのワンショットで、外国のカメラマンが撮った強烈なワンショットです。このギャルもヤマンバには敵わないと、「うわ、負けたわ、私。。。」という顔をしている一瞬です。ちょうどこのギャル文化を支えていたのが『egg』という雑誌で、この他に『Cawaii!』という雑誌があったんでしたっけ?
浜田:『Cawaii!』と『Popteen』と。
田村:『Popteen』というのもあるんですね。象徴的なのが2014年の『egg』の廃刊です。20年間ずっと続いてきた流れがあったのですが、高校生の90%以上がスマホを持っている今の時代では文化の流れ方が変わってきたのだと思います。
じゃあ彼女たちはどこにいたのか。忘れもしないのですが、センター街のファーストキッチンの前に、大勢していたのを見掛けたことがあります。これがセンター街で、これが駅です。面白いのはこの前の文化だった、例えばDCブランドが流行った頃というのは、若者は公園通りなどの大通りを闊歩していました。その反動なのかどうかはわかりませんが、"チーマー"とか"コギャル"というのは、このちょっと裏寂れたというか、今は裏寂れてはいないと思いますが、当時としてはちょっと裏っぽいところに居場所を見つけて棲み分けをしていたというのが面白いと思います。また、このギャルたちは109もひとつの拠点としていました。これは荒木経惟さんの『東京物語』という写真集の表紙ですが、これが昔の109の写真です。これが、90年代になってギャルが出てくるとまったく印象が変わって、ギャルの拠点になっていくわけです。これは、雑誌で90年代の特集として組まれたものですが、その中にカリスマ店員さんが109にたくさんいたというわけですね。ルーズソックスであるとか、厚底とか、そんなものが特集されていました。
◆最近の渋谷ギャル事情
最近の渋谷のギャル事情はどうなっているかというと、実は浜田さんは「もう渋谷にギャルはいない。」と言っているのですが、私から見ると、まだこんな人たちがいます。面白いのは、英語で書かれていることです。外国人目当て、観光客目当てのひとつの客引きとして、こういうのがいるのかなと思います。「GANGURO」…"ギャングロー"みたいな感じなんですよね、ぱっと見「GANG」に見えて大丈夫かなと思いますが、ガングロ、ガングロカフェという名前がついていまして、こういう人たちがまだ生き残っています。ひとつのファッションとして残っているんですかね。
私的には、このハロウィンなんかも、ヤマンバさんたちがつくり上げた渋谷で「化ける」というひとつの文化がここでこう花開いたようにも見えます。センター街に来る人は実はみんなヤマンバになりたかったのかなと思わせるような今のセンター街のハロウィンです。
ようやくここで浜田さんを紹介させていただきます。浜田さんは、このギャル文化を漫画にされた方です。ここに浜田さんが描かれた『パギャル!』を1巻から4巻までを持ってきたのですが、どっぷりギャルになりながら漫画を描かれていったということですよね。全部読ませていただきましたが、なかなか面白い青春物語で、僕の若い頃と変わらないところもあるけど、やっていることはちょっと過激というか色々面白いみたいな、今後、貴重なフィールドワークの資料として捉えられるんじゃないかと思っています。(漫画の中身を見せながら)このようなタッチで描かれている漫画です。僕なんかには、ここに出てくる言葉(ギャル語)はほとんどわかりませんが、素晴らしいのは、それらギャル語をすべて説明してあることです。ちなみに、タイトルの「パギャル」という言葉は浜田さんが作られたということですが、この「パ」というのは半端ないの「パ」なんですね。半端ないギャルだからパギャル。
そして、今日お話をしていただくのが浜田さんというわけです。私の紹介はこれで終わりたいと思います。
浜田:ありがとうございます。
◆「ギャル」はどこから集まってくるのか
田村:そうしましたら、ちょっといくつかの質問をさせていただきたいと思います。そもそも、このギャルさんたちはですね、「ギャルさん」っていうのかな?
浜田:「ギャル」ですね。(笑)
田村:このギャルたちは、どのような人たちが集まっていたのでしょうか?どこから来たのでしょうか?
ちなみに、浜田さんは千葉から家を出られて渋谷に来て、渋谷を徘徊というか、渋谷で生活されていたわけですよね。他にもいろんなギャルがいたと思いますが、その人たちはどこから来たのでしょうか?いや、どこからというか、どのような人たちが集まってきたのでしょうか?
浜田:そうですね。ギャルはどこから来たのかというと、やっぱり東京出身の子は意外とギャルじゃなかったりとかして、少ないんです。当時「ギャル」と呼ばれていた、ちょうどこの時代に「マンバ」をやっていた子たちー「ヤマンバ」をやっていたり「ガングロ」をやっていた子たちーは、地方出身の子たちが多いです。何のためにやっていたかというと、目立ちたいがためにやっていたということになると思います。
渋谷に来てヤマンバの格好をすると、まずメディアが取り上げてくれます。そして、外国人観光客とかに写真を撮られたり。「私は特別な存在なんだ!」ということをアピールしたくて、地方からみなさん集まってきました。
田村:渋谷の文化を作っていた、かなり渋谷の文化の歴史の中でも衝撃的な現象だったと思いますが、それは地方から来た人たちのひとつのアピールの場として機能したわけですか?
浜田:そうですね。もともと東京の子たちも、ガングロだったり、そういう格好をしていたのですが、やっぱり行き過ぎた「マンバ」だったり、「ガングロ」だったり、「着ぐるみん」だったり、そういう子たちは、やっぱり地方の子たちのほうが活発でした。当時は、サークルとかもたくさんあったのですが、そのサークルの半分以上は地方の子たちのサークルで、やっぱり家から通うのが大変だったりとかして、渋谷のセンター街を徘徊するようになっていったって感じです。「ギャル」が流行ったのは安室奈美恵さんの影響が大きいのですが、そもそも、みなさんの思う「ギャル」って、どの時代の「ギャル」なのでしょうか。今日、私が対談式にしてほしいってお願いしたのは、私が常識的だと思っていることのどこが知りたいのかというのを聞きたくて、そして、逆に私もそれを知りたいなと思いまして。
田村:「コギャル」っていう時代から、大きい子は「ヤマンバ」、「強烈なヤマンバ」……。
浜田:ガングロで「セレンバ」とか、いろんなギャルに分かれて、マンバが分裂したときがあって、マンバの中でもいろんなジャンルに分かれていたのです。
田村:「セレンバ」はセレブ+ヤマンバですね。
浜田:そうです。いろんなマンバに分かれたときがあったのですが、そこでもう一気に衰退してしまいました。
田村:なるほど。
◆「ギャル」はどうして渋谷を選んだのか
それでは、次の質問に移りたいと思いますが、そもそも、どうしてギャルたちは渋谷を選んだのでしょうか?例えば、新宿や他の場所でもよかったと思うのですが、どうして渋谷だったのでしょうか?
浜田:渋谷っていうのは、やっぱり、ギャルが行って一番目立つ場所だからです。当時、若者もたくさんいましたし、渋谷には109があったので、みなさん109の前でスナップ写真を撮られていたんですよ。それが先ほど紹介のあった雑誌の『egg』のスナップ写真だったり、『popteen』のスナップ写真だったりとかしたので、みなさん地方からわざわざ来て、その前で写真を撮られるような格好をして集まるという"儀式"だったんですね。最初はガングロで、化粧も安室奈美恵ちゃんみたいな感じだったのですが、どうしてあんなふうに進化したかって、すごい謎ですよね。安室ちゃんみたいにちょっと小麦色で髪の毛にメッシュが入っているだけの「ギャル」が、どうして「ヤマンバ」とか「マンバ」とかに進化したかというと、より目立たないとピックアップしてもらえないからなんです。
◆ギャル界の上下関係
浜田:そして、より目立った者が強いという「上下」関係が渋谷の中ででき始めました。それは日焼けでもそうだし、髪の色もそうなんです。だから、最終的に到達したのが「ゴングロ」で、私が一番黒い、私が一番髪の毛の色が派手、そういうところを皆さん目指していたのです。誰が一番盛れているか、誰が一番派手かが勝負で、派手であれば派手であるほど、ちょっとこういう言い方はなんなんですが、ブスでもなんでもメディアに取り上げられたのです。みなさん、雑誌に出たい、テレビに出たい、いろんな要望、要求があるんですよ、若いから。サークルでナンバーワンになりたい、クラブで目立ちたい、そういった野望を持っていました。先ほどのエスカレーターの写真で、右のギャルは左のギャルにもうほんとに負けたって感じですよね。
田村:完全に勝っているんですね、左が。
浜田:そうです。ここで「上下」関係がもうできているんですよ。渋谷でやっぱり派手であれば派手であるほど、『egg』にも載れるし、サークルでも偉いほうなんだみたいな感じで、ギャル歴長いんだこの人みたいな感じで、みなさん見るので、やっぱりギャルの上下関係はすごく派手さにかかわっているっていうのが、私の思う「ギャル」です。みなさんが思うギャルはもしかしたら違うかもしれませんが、渋谷を何年もやっぱり若者を研究していて、ギャルという言葉がメディアやマスコミで一番使われたこの時代のギャルの定義、地位が「ギャル」なんじゃないかなって私は思っています。
田村:そうすると「ヤマンバ」については、あえて威圧的、あるいは受け付けない、あるいは男なんかを気にしないみたいのが言われているんですけども、それはまさしくもう彼女たちが狙っていたとおりということですかね?
浜田:違います。男の目もしっかり意識していますよ。
当時、ヤマンバの中でも、ピンクを入れたり、ミニスカートをはいたり、肌を露出したりっていうのは、男性に対してのアピールなんですよ。男性も、強い、そういうヤマンバみたいな女の子が好きという時代だったので、やっぱり黒い肌であってもセクシー、ああいうメイクしていても、肩を出したり露出度が高ければセクシーだなと思って、男性をしっかり意識していたのです。
田村:なるほど。大変興味深いんですが、それじゃあ、その先の着ぐるみはどうですか?
浜田:「着ぐるみん」がどうして出てきたかというと、マンバの格好をしてももう目立たなくなったからです。もう目立たないんですよ、髪が明るかろうが、ピンクだろうが、白だろうが、ツートンで、ピンクと青だろうが。もう目立たなくなったので、みんなで「着ぐるみ着ちゃおうよ」って言って、着ぐるみを着れば、やっぱり集団でいればすごく目立つじゃないですか。案の定メディアに取り上げられましたよ、着ぐるみん。
田村:メディアあってのああいう表現のしかただったんですか。
浜田:そうですね。やっぱり当時彼女たちは雑誌のスナップにちょっとでも出たかったんです。雑誌のスナップとか、ちょっとした雑誌とか、テレビとかにちらっとでも映って、インタビューを受けさえすれば、このギャル界のカースト制度で一番上の部類になれるわけですよ。
田村:浜田さんはそのギャル界のカースト制度のなかではどれくらいのポジションにいらしたんですか?
浜田:私も着ぐるみまではいきましたけど、当時すごく多かったので、上の方ではあったと思いますが、中でもサークルのトップだったり、パラパラがうまく踊れたり、クラブのパー券をたくさんさばける人だったり、そういう人がやっぱりトップでしたよね。
◆今の渋谷に「ギャル」はいない?
田村:そんな浜田さんなんですけれども、先日ちょっと打ち合わせさせていただいたときに、「ギャルはもう渋谷にはいない」とズバリおっしゃっていたのですが、その意味をちょっと教えていただけますかね?
浜田:実は今でもゴングロカフェというのが渋谷の奥地にあります。このゴングロカフェにいる子たちは、まぁギャルの格好をしていますよ、昔の。昔のギャルの格好をしていて、ブラック、、、なんだっけ、ブラックエンジェルだったっけ?
田村:尾畑さん、お願いします。ブラックなんでしたっけ?
会場(尾畑):ブラックダイヤモンド?
浜田:そうそう、ブラックダイヤモンドっていうサークルにはいるんですけども、今でいうこのギャルは古いんです。
田村:ギャルが流行ったのは20年前ですもんね。
浜田:そうです。というわけで、今、ギャルの定義をこの人たちがしていて、まぁギャルはギャルなんですが、実質的には、みんなの憧れた「ギャル」…お互いに競い合い、みんなが目指していたギャルの世界はもうなくなっています。もう本当に一部って感じですね。
田村:これはあくまでも外国人目当てなのでしょうか。
浜田:いや、外国人目当てではないです。自分たちの趣味です、これはほんと、ただただ趣味。
田村:趣味なんですね。
浜田:だから、この人たちはギャルと言えばギャルなのですが、「今のギャル」というのは生き残りと言われている部類です。だって、今メディアとかに取り上げられているギャルは違うじゃないですか。
田村:いまの若い子は白いですもんね。
浜田:そうそう。色が白くて、いわゆる、ちょっと前は原宿系の子たちですよね。金髪は金髪だけど、アッシュ系の、なんかもうちょっと女の子らしい人形に近い金髪。要はフランス人形に近い。きゃりーぱみゅぱみゅさんのちょっと派手な感じ、それをみなさんギャルっていう言い方をするんですよ、最近だと。なので、昔の「ギャル」はもういないかなという感じです。
◆渋谷のギャル文化とハロウィンの関係
田村:なるほど。そうしましたら、次、私が用意したスライド(ハロウィンの画像)を見ていただきたいのですが。この現象は浜田さんから見ると、どう映るのでしょうか。
浜田:これは、もう本当にギャルがやっているわけじゃなくて、普通に開放的になった大人たちもできるということで、みなさん誰かがやっていればやっぱノリでやっちゃうので、そういう感じで拡散されていっているのだと思います。これは、どうして流行ったかというと、SNSが浸透しているからですね。SNSでコスプレしたっていうのをアップしたり、今日はハロウィンだったとつぶやいて、リア充をアピールしたいから、こういう格好をしています。ただそれだけです。だから、もしSNSがなかったらこういう現象は起こらなかったと思います。
田村:なるほど。では、これは渋谷のギャル文化とは関係ないということですか。
浜田:そうですね。ギャル文化と一切関係ないわけじゃないと思いますが、現代におけるSNS文化がこのような現象を起こしたんじゃないかとは思っています。
田村:なるほど。じゃあ、ここにはもうギャルと呼ばれる人たちはいないんですね。
浜田:え、たくさんいますよ、ギャル。
田村:あれ!? いるんですか。
浜田:昔でいうギャルはいませんが、今でいうギャルはたくさんいます。ただ、ギャルじゃない人たちのほうが、やっている人多いですよね。
田村:そうでしょうね。こんなにたくさんギャルはいませんもんね。なるほど。
◆外からみた「渋谷」
田村:先日遊びに行かせていただきましたが、事務所を新宿のほうに移されたんですね。
浜田:はい、そうです、渋谷から新宿のほうに。ちょっと裏切ってしまいました。(笑)
田村:ですよね。ちょっとその理由を聞かせていただきたいなと。
浜田:理由ですか?
田村:理由というか、渋谷を離れる気持ちというか、離れた理由を合わせてですけども、そこらへんをちょっとお話していただいてもいいですか。
浜田:理由は本当に単純です。賃貸契約が切れたので、それでちょっと大きなフロアが借りたかったので、新宿のほうに移転しただけなんです。もちろん、別に渋谷が嫌いで出ていったわけじゃなくて、渋谷にはしっかり遊びに来ていて、仕事とプライベートは別なんで、それだけです。
田村:そんな新宿に移られた浜田さんの目から見て、今の渋谷はどう映られていますか。
浜田:そうですね。若者の活気は渋谷には正直言ってあまりないように感じます。
◆「渋谷」から「原宿」へ…シブハラミックス
浜田:今は原宿ですね。原宿でうろうろしていて、ちょっと昔のギャルの名残のあるような格好の子たちをギャルと呼びますね。
田村:そうなんですか。ほー。もう渋谷にはいないんですか。
浜田:渋谷には、109とかがあるので、ギャルはいるにはいるのですが、やっぱり平日とか歩いていても、みなさんあまり渋谷に集まるってことはしないで、原宿のほうに集まっています。それはどうしてかというと、原宿系の雑誌が流行っているので、そっちのほうにやっぱりスナップを撮られに行ったりとか、昔でいう渋谷にいたカリスマ店員みたいな子たちが原宿系のお店にもいるからなのです。
田村:原宿ってどこらへんですか。裏原とか……。
浜田:裏原もそうですが、ラフォーレや竹下通りのほうが多いですね。今はやっぱり竹下通りのほうが若者たちが多い。その理由が、もう1つあります。安い物を手軽に買えることです。やっぱり、たくさん物を持ちたいんですよ、女の子たちって。
田村:ある意味。昔に還っているような感じですね。
浜田:そうですね。
浜田:ちょっと渋谷でギャル文化が廃れた後に、実は「シブハラミックス」というギャルが出たんですよ。
田村:シブハラミックス……。
浜田:はい。シブハラミックスというのは、先程の全体の歴史にあった益若つばさちゃんのちょっと前に出て、シブハラ系の格好をしているファッションが『egg』とかによく取り上げられたのです。その頃から徐々に、若者が原宿系のファッションに興味を持ち始めて、原宿に買い物に行くという現象が起きています。
◆渋谷ギャルカルチャーのこれから
田村:お話は尽きないのですが、そろそろ時間なので、最後の質問にいきたいと思います。
ズバリ、浜田さんから見て、今日のタイトルにもなっている、今後の渋谷ギャルカルチャーのこれからについて、いかがですか?
これから渋谷のギャル文化はどうなっていく、あるいはもういなくなっちゃったまんまであるのか。渋谷のギャル文化は、ものすごく渋谷の文化を語るとき大事なポジションを占めていると思うのですが、いかがでしょうか?
浜田:そうですね。今、「ギャル」っていうふうに一概に言っているのですが、正直、ギャルの定義が今変わっちゃっています。昔でいうギャルの人たちは、先ほどのガングロカフェ以外、ブラックダイヤモンドさん以外は、もういないのです。今でいうギャルはいます。でも昔のギャルとは別物のギャルです。それはなぜかというと、昔のギャルの定義とやっぱり今のギャルと言われる方の定義がまったくかけ離れているからです。それは白い肌でもよい、やっぱり黒髪でもいい。昔は本当に逆のことだったんですよ。そしてギャル雑誌もそうです。『egg』の中でしか登場しない、109にしか売っていない服を着ていたっていうのがギャルだったんです。ただ、『vivi』とか赤文字系の雑誌に載っている服も、今でいうギャル向けの雑誌に載っている服も、両方ブランドの服が載っています。だから、ギャルという定義がすごく薄まってきたのです。ただ、今のギャルは昔のギャルと違って「進化形ギャル」なので、このままどんどんどんどん進化して、新しい時代、新しい文化を築き上げていくんじゃないでしょうか。
田村:なるほど。じゃあ、そろそろ時間ですので、最後に一言いただければと思います。
浜田:はい。それでは、私、パギャルという漫画でギャルの文化をとても詳しく描いていますので、みなさんネットで探してみてください。ただ、ギャルの文化というのは、ギャル=若者、ギャルがやっぱり勢いのあったころ、若者の勢いがあったころはやっぱり経済効果もすごかったりしました。
今、ギャルっていう人達の定義が若干薄まってふんわりしている状態です。安室ちゃん、浜崎あゆみさん、益若つばさちゃん、いろんなギャルが出ました。ageHa嬢の武藤静香ちゃんとかも色々出たんですけども、次のカリスマにちょっと挟んで、きゃりーぱみゅぱみゅさんとか。今では、りゅうちぇるさんとかもそうですよね。次に大きなカリスマ的存在が、みんなが憧れるような存在が出た瞬間、ギャルの定義がまた一気に変わると思います。
だからみなさん、そのカリスマが出現することを待っていてください。そうしたらまた若者が渋谷に集まって活性化される時代が来るかもしれません。私はギャルをずっと応援していますので、よろしくお願いします。浜田ブリトニーでした。どうもありがとうございました。
田村:どうもありがとうございました。(拍手)
- 浜田 ブリトニー(タレント、漫画家)
田村 圭介(昭和女子大学准教授)
- @イベント&コミュニティスペース dots.